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★×2ワーキングシンマザwith PD ★SoWhat!? 今日も元気にC'est ma vie~☆

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調停、第一回目が行われた。結果は続行。次回に続く。

摩訶不思議なことに、元夫には面会日の増加も時間延長も手紙や電話の要求も、届いていなかったらしい。むしろ、要求が無いことを不思議に思っていたそうで、時間延長と手紙が許可された。

我慢していたから、とても嬉しい!!早速、手紙を書いた。夢中になって、明け方になってしまった。


そして、思考が止まらない。

子供たちは所有物ではない。一個人であり、守るべき存在であり、愛すべき人である。両親からの惜しみない愛を受けることが、子供たちの当然の権利である。親が子供より自分を守ってしまったら、それは子供たちに対する侮辱であり、心に穴をあける行為に他ならない。いつか、その穴が子供たちを苦しめ、さらには親をも苦しめる。修復は可能だが、10年以上かかってしまう。いや、それでも完全に塞げはしない。・・・私自身の経験であり、いくつかの親子にあったことだ。



みんな、心を大切に考えてほしい。見えないから、難しいから、理解しきれないからと、おざなりには決してしないでほしい。

自己防衛本能が、時に誰かを酷く傷つけることを、忘れないでほしい。傷ついたなら、傷つけないようになってほしい。少しの優しさを必要とするだけだ。ほんの少しの。

過剰な愛は人を狂わせるのだね。どんな人も親は選べなくて、愛さずにはいられなくて、時に苦しむのだね。傲慢って言葉の内容は恐ろしいね。よく、童話なんかで「高い所から降りて、下から見なさい」という教訓があるけれども、意味深いね。横からも見たらいいかもね。後ろから、とかね。傲慢、には、なりたくないです。だから、下にいます。



世界はどこもかしこも多種多様。同じ、なわけは無い。全てが思い通りにいくわけが無い。それでも、受け入れることに積極的になると、広がる部分がある。

希望は捨てるな。欺瞞を捨てろ。

無菌マイキングダムを作るな。勇気を作れ。

失笑するな。疾走しろ。

決め付けるな。身に付けろ。

世界は足元に広がっている。大地に突っ伏して、その小さな野草に気付いてくれ。

楽をするな。楽しむんだ。

本当の顔を見せてくれ。少しの勇気と優しさを見せてくれ。影との戦いに旅立とう。



ああ、旅に出たい。今すぐに。



元夫にも伝えたので、正式に公言いたします。

再婚しました。

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アンビ☆タッチ新曲完成。
レッツ・ポジティブシンキング!

ってなわけで、無理矢理に楽しく現実逃避しております。

小説読んだり、妄想したり、縄跳びし・・・ようと思ったり。

思うだけかい。べしっ。


もー、どーしよーもなくアレだな。

怖くてたまらん。

調停のことを考えてしまって、ぶるぶるぶるぶるぶるぶる。

昨夜も変な時間に目が覚めて、ぶるぶるぶるぶる。

もう嫌だ。アタシの存在自体がダメなんだ。死んだほうが皆丸く収まるじゃんか。

いやいや、そうじゃなくて。

そーゆうマイナス思考はいらなくて。

もぎゃぐぎゃにゃがらやりゃ。



昨年末にオーダーした曲が出来上がって来た。

子供たちに贈る歌。

ワガママに、悲しい曲と楽しい曲を2つ作ってもらった。

泣けます。でも、勇気が出ます。 そう、アタシは子供たちの笑顔を見たいんだ。

元夫とは戦うんじゃない、話し合いだ。

そして、アタシの主張は笑顔をもたらすものであるはずだ。

年三回、計9時間の面会だけなんて、おかしなことだ。

手紙も電話も理由ナシに「だめ」なんて、ちゃんちゃらおかしいや。

子供たちの訴えを無視したり、アタシと娘が頭下げても「だめ」なんて・・・。

娘もアタシも母も号泣だった。

あんなのは、もう嫌だ。

娘もそう思ったんだろう。それで、あきらめたんだろう。

まだ9歳の子が。

元夫をそうさせてしまった自分にも責任はある。

アタシたちは新しい関係を構築せねばならんと思うのだ。


ギターを弾こう。練習して、この歌を歌おう。



現実は厳しいけど、理想はみんなで遊ぶこと。

元夫も現夫も、その家族も、アタシの家族も、みんなで一枚の大きな絵を描きたい。

離婚したって、家族じゃん。

アタシが馬鹿だからそう考えるのかもしれないけど。

家族も友達も恋人も親戚も、知り合えるのは地球上の人口の何分の一だろう?

知り合えたことは奇跡だ。

みんなが死ぬまで一緒になんかいられないんだけどさ、だからこそ、大きな絵を描こうよ。

人生の中でアタシが貴方を拘束する時間なんてわずかだよ。

だから、楽しもうよ。

憎しみからは何もうまれない。

そんなものは忘れて、クレヨンを持ちなさい!

色鉛筆を持ちなさい!

筆を取りなさい!

喜怒哀楽の全てをキャンバスにぶちまけなさい!

アートは人を救うよ。

憎しみは人を巣食うよ。


アタシも恐がってばかりいてはダメだ。

刻みついた恐怖を振り払って、元夫と笑顔で握手できるようにならなきゃ。

電車は10年かかったわけだから、難しいけど、努力しよう。

病気のせいばかりにしてもいられない。

やれることは、やらなきゃ。


祖母のように若くしてガンに犯されたなら、あと何年も生きられない。

悔いなく生きたいよ。

ねぇ、憎しみほど無駄なものは無いね。


あ。

子宮ガン検診、行かなきゃ。やべぇ。4ヶ月経ってしまった。

3ヵ月おきに細胞診。めんどくさいけど、子宮が無くなる、あるいは他臓器に移転するよりマシ。・・・ああ、そーゆう可能性も、アタシは持ってるのか。

ますます、人生を楽しまなきゃなぁ。


食欲が低下して、いや、元に戻って、体重が3キロ減った。

まだ、でぶ。

春までにセブンをはけるようになりたい。いや、なろう。

みんな楽しく生きようぜ。

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誰しもが、センサーを持っている。第六感とも言うべきか。

あ、この人は苦手だな、とか、これは好きだな、とか。当たらぬこともあるのだが、感知はするだろう。

それが、自分のストライクゾーンだったりすると、きゅんきゅんする。

アドレナリンが一気に噴き出す、あの感じ。わかります?

心拍数が上がって、いてもたってもいられない、あの感じ。

きゅんきゅん。

低姿勢で毒舌なくせに人情深い、お父さん(あだ名)なんかは、もう、きゅんきゅん。

当然のことながら、これは恋愛感情とは別物である。

毒舌で気丈な女子が、ふと見せる照れた様子なども、きゅんきゅん。

雑貨なら、言わずもがな、象や黒猫のモチーフや、不細工であるがゆえに放っておけない小物。

音楽ならレゲエにきゅんきゅんなのである。

しかしながら、小説となると、きゅんきゅんが微妙になる。

確かにきゅんきゅんするのだが、やはり読んでみないとわからないわけで。

情報として、背表紙などの簡単な解説を読んでも、やはり本文の色だとか構成なんかはわからない。

だけど、きゅんきゅんはする。

それが、自分の捜し当てた作家なら、ますますだ。

しかし、他者からの推薦には、複雑なきゅんきゅんを否めない。

これは私のプライドの高さもあるのだろうが、所詮は他人の趣向。果たして私はきゅんきゅんできるのか?

そんな葛藤を、長く抱えていた。

事の発端は、ユニクロに努めていた時の読書家上司である。

共に数少ない愛煙家であるため、休憩所で二人になってしまう。

いつも文庫本を手にしている上司なので、なんの気なしに作者を聞いた。

東野圭吾。

上司はさらりと付け加えた。

この人の作品は間違いないよ。

・・・間違いない。

その言葉が印象的だった。

しかし、私はその時もその後も、全く別分野の作家に夢中であった。

山奥に越してきて、読書三昧の日々が訪れると、恋愛小説には飽きて、だんだんと推理小説に趣向が傾いた。

まず、昔はまったリリアン・J・ブラウンのココシリーズに着手し、あらかた読んでしまうと、米澤穂信、恩田睦。

さて、他に誰か、と思った時に上司の言葉が思い出されたのである。

しかし、それが去年末。

古本屋に行く度に目に入る。きゅんきゅん。激しく感知しているが葛藤する。次にする。

これを繰り返して、先日ようやく購入したのだ。

確かに、間違いはなかった。やられてしまった。

ちなみに、その上司は5年ばかり鬱病と戦っている。

世間的には似たような病気の二人、かもしれないが、とんでもない。

彼ほど私は苦しんでいないだろうし、彼ほど戦ってもいない。

同じ病気であったとしても、やはり、個人差もあり、病気との対峙の仕方によって、大きく違いが出るものだ。

だから、全国のパニック障害の皆さん、私とあなたは同じではないよ。

人それぞれ、きゅんきゅんの発生源が異なるように、病気の発生源も異なるのだから。

共感は出来るけど、何もアドバイスは出来ないし、徒党を組んだところで成果は少ないでしょう。

自分と向き合うことが最善だと、私は思うのです。

個人の問題。

それにしても、どうしてきゅんきゅんするんでしょうね。

謎は謎のまま、いとをかし。

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先日・・・一昨年からお世話になっている心療内科に行きました。

小さい地方の総合病院なので、医師は一人。患者は大勢。そりゃあ、話をはしょりたくもなるでしょう。そうでしょうとも。

だがしかし。

病名をはしょるって、ありえないでしょう?

とある病院(最低な医師だった)でパニック障害という診断を受けて、その忙しそうな女医のところへ参ったわけですが。

1年半ほど不定期に通院していながら、初めて「パニック障害じゃないですよ」と言われたのです。

おーい。

で、女医の診断は何かと言うと「不安障害」ですって。ぷっ!

「不安障害」って大きな分類で、パニック障害も含むのですよ。

間違いでは無いが、的確でもない。

パニック障害だと診断したトッチャンボウヤ医師は「一度でも原因の無い発作があったなら、パニック障害ですよ!不安神経症だなんて診断したなんて信じられない」と言っていたのね。

で、今度は女医が「死んでしまうかもしれないと思うような発作が無いのだから、あなたはパニック障害ではないんです」と言うわけさ。

おーい。

宇宙が見えました。

わけわからんくて、それこそパニックになって、過呼吸発作寸前になった。

確かに、今の私はさまざまな症状にも発作にも慣れて、前兆を感じたら対応するくらいになっているし、生活の中で、ほとほと困っているのはPTSDと言っても間違いではないような子供たちとの別離による不安障害です。

ええ、確かにそうです。

ところがね、パニック障害は一進一退を繰り返す病気で、不安障害は治る病気らしいのですよ。

こういう経緯って、どう捉えたらいいんですかね・・・。

まぁ、引っ越したから女医のところには行かないし、新しい主治医を見つけて一から説明して、診断してもらうしかないのですが。

そんなわけで、病院探し。

・・・・少ない・・・。

知ってたけど、少ない。

2ちゃんねるとかも、のぞいて見た。

荒れ放題。

とりあえず、以前私が通っていた○の○らはケチョンケチョンだったね。やはりね。

患者の話を看護士が聞いて、医師は又聞きで診断して薬出すだけ。

「不安神経症って山大で言われたんでしょ?じゃあ、そうなんじゃない?不安神経症ってのはね、一過性で治りますから。もう来ないで」

ちゃんと、その治ってゆく過程も説明してくれたので、自力で認知行動療法的なことをして、一度は快方に向かったものの、人生は状況が変わってゆくものです。また再発。

それで、行ったら「来ないでって言ったでしょう?不安神経症っていうのはね・・・」

ああ、思い出すだけでも腹が立つ、あの見下した笑い。

医師はいつでも患者を見下している。

否、そういう医師にしか私がめぐり合わないのか?

もしくは、私がそういうふうにしか感じられないのか?

不安障害ね。ふっ。

もう、どーでもよくなってきましたよ。

どんなに医者に通っても、薬飲んでも、結局はセルフコントロールしか無いじゃん。

病名なんて関係ないよ。医師が治療の際に目印として付けるだけで、あたしにゃあ何の意味も無い。

あたしにはあたしの症状があって、あたしはそれを自己分析出来るくらい落ち着いている。

・・・薬がいるっていうだけさ。

市販の薬で、抗うつ剤って無いのかしら??

セルフコントロール、セルフカウンセリングでいいじゃん。

どうせ原因不明。

PTSD(みたいなもの)に関しては、物理的にどうにかしようと行動できてるし。

・・・・とは思うものの・・・やはり、カウンセリングは必要だろうと・・・。

どっかにいないかなぁ~・・・暇で優秀なカウンセラー。

いないよ。

少ないよ。

もが~~~~~~~~。

症状を考えると、やはりパニック障害に当てはまるのだが、そう名乗ってよいのかわからなくなってしまった。

副題を変えなきゃならんか?

不安障害はGADだったかな。・・・・めんどくさい。いいや。

まね、そんなこんなで。

わけがわからないんだが、別にいいや。

調停が心配で、何も手に付かない。

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今日、家庭裁判所からの通知が届きました。

さいこうの日を増やすべく、昨年末に調停の申し立てをしたのです。


私がパニック障害だと判明したのは離婚して一年四ヶ月と二十二日後のことでした。

だから、離婚調停の時には誰も私の病気を正しくは知らなかったのです。

病名が変わって、状況も変わりました。


話し合いがしたいのです。

面と向かってでは、トラウマが大きすぎて出来ませんでした。

大人なのに情けないですが、第三者に介入していただいて、話し合いが出来るなら、と頑張りました。

私のようなPDさんには、そうとうな勇気が必要でした。

最初に弁護士さんに相談しました。

面会日が少ないことに驚いていらっしゃいました。

私が病気であると申し上げると、そんなことは関係無い、子供たちの親であるかぎりたくさん触れ合うことが必要なんです、とおっしゃいました。

そして、子供たちのためには面会は多いほうが良いのだから、明日にでも裁判所に行きなさい、とおっしゃいました。

それで、翌日に裁判所に行って、必要な書類を揃えるために走り回り、申し立てをしました。


私は不安でたまりません。

離婚調停の時には、あまりのショックに発作を起こし、言葉を発するたびに涙も出てしまい、なんとも情けなかったからです。

そして、元夫が出廷して、争わずに話し合いが出来るのか不安です。

信じてはいます。でも不安です。

パニック障害はセロトニンが正しく働かないため、不安や恐怖を抑制出来ません。そういう病気です。

だから不安が止まりません。

元夫への恐怖感は、10年間ダメだった電車の百倍です。

彼が悪いのではなく、私がそういう病気なのです。

私は子供たちに自由をあげたいけれど、彼から無理矢理に奪うつもりは全く無いのです。

それは、子供たちを見放しているのではなく、彼を信じているからです。

子供たちと暮らしたい気持ちは毎晩夢に見るほどありますが、私は一人では生きていけないと泣いた人を一人には出来ません。

この気持ちは離婚調停の時から変わっていません。

私は誰かを苦しめてまで望みを叶えられるほど強くないからです。

いつか、面と向かって話し合いがしたいです。

他愛の無い話もしたいです。

子供たちの親であるかぎり、私と元夫は、より良い関係を作らなくてはならないのです。

そのための調停です。

そのための努力です。

すべては愛する子供たちのためです。


正直、一時期は元夫を恨みもしました。嘘つきだって罵りました。 今は、不思議なことに元夫も自分の家族のように思うのです。

ごく普通に、彼の体調や将来を心配したりするのです。

面会日に見ると、出会った頃より若返っているなぁ、と感心したりします。

子供たちとフットサルをしていると聞いて、私は仲間に入りたくてたまらない気持ちになりました。 息子が彼を変人だと言うのを、困ったなぁと思います

恐怖感は病気が起こすものであって、私の気持ちではないのです。

それも伝えたいです。

怒らせてしまいそうだけど。

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ぐだぐだな人間たちの小説を読んだ。

世間一般では馬鹿にされる種類の人間たちだ。

けれど、必ず身の回りに何人かはいる人種だ。

頑張ってはいるけれど結果がついてこない、わかっているのに改善出来ない。

弱い人間のようで、ギリギリのところを生きている様がたくましい。

最初は否定的に読んでいたが、徐々に悲しくなった。

私とて、世渡り下手なダメ人間。

いつも、空回りで自分で自分の首を絞めている。

それでも、生きている。


誰かが悪いのだと、言ってしまえば楽になる。

けれど、何も解決しない。

当たり前のことは時に困難だ。

それが人生。

人間はゲドのように全き人にはなれないのだ。

愚かで弱くダメで当り前。

誰も正しくはないし、誰も悪くない。


そうして、だから、ダメ人間でも誰かを愛し、その幸せを願う。

それは、とても穏やかで、私は好ましいと思う。

誰かの幸せを願う時、その人は幸せだ。

願われた人も幸せだ。

幸せの連鎖は大好きだ。


望みは薄いのだけど、いつか元夫を交えて子供たちと遊べたらいいと思う。

私のトラウマは健在で、病気がそれを手放さないので、今の私は彼の前に出ると震えて、まともに顔も見れない。

それは彼をひどく傷つけて入ると思う。

病気がトラウマを手放すまで、私にはどうしようもない。

申し訳ないと思うのだが。

だからこそ、いつか普通に会話して冗談をかわして、みんなで遊べたらいいと思う。

私の密かな目標だ。

とてつもなく難しいけど。

いつか。

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あけおめ!ことよろ!・・・遅い?
あっとゆーまに、新年だがや!

過去の日記を読んだ人はcanは死んだのかな?と思ったでせう。

ところがスットコドッコイ、生きてるのね。山奥で。


大晦日→元旦は福島の友人の店の手伝いをしたのね。

楽しかったのね!仮眠しか出来なくて眠かった!

友人がラブラブで微笑ましかったのね。ちこっと照れ臭くもあり。

くすくすくすっ。(´∀`)幸せだね?

くすくすくすっ。(´∀`)

目の前が神社なのに、初詣もおみくじもお守りも無しね。

ま、いいやん。ね。

アタシ教会に通おっかな。近所にあるのね。山奥だけど。

正しい教会なら、行ってみよう。

2日は、がっつり泥にハマった水戸ナンバーを助けた。

3日はマイファミリーとピザ食ったのね。美味であった。

4日は近所をウロウロしたかな?

5日は12時間寝たし。

6日は腰痛でアハハ(´Д`)

で、今日?7日?いや、何も。何もしてないよ!!

大掃除、とかぁ〜、お節料理、とかぁ〜・・・・ねぇ〜?

無縁だっ!!!!!

のね。


今年の抱負っつか、目標はぁ〜、芝居一本。

もしくは、店。

開店しちゃうよ?

夢かなぁ?夢かもなぁ。

他にも色々がむばって、楽しい一年にしたいです。自分の力で。ね。

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今日で今年もおわりですね。

どんな一年でしたか?

アタシは相変わらず、波乱万丈でした。

その詳細は来年、書くことにしましょう。

最近の日課は風呂で小説を読むことです。

昨日はリリアン・J・ブラウンのココシリーズ最新作を読みました。

今日は野ばら氏のカフェー小品集です。

才能あるがゆえの不自由にまつわる話でした。

アタシは台本や漫画が描けることが才能だと言われます。

自分ではよくわかりません。

頭に浮かんでしまうので仕方なくカタチにしているだけです。

才能なんてなぁ。などと想いをめぐらせていたら、あることを思い出しました。

先日、生まれてから今までのことを、聞いた話も含めて思い出せるかぎり書いてみようとキーを叩いていました。

小学校入学まできたとき、自分の母校の校舎の数がわからなくて、卒アルを引っ張りだしました。

すっかり夢中になって写真を見ていたら、文集のページになりました。

3組のランキングページの絵はアタシのでした。

下手くそです。

ランキングは次のページにも続いていて、アタシはぶりっこの1位でした。

おそらく服装が派手で髪が腰まであるストレートで中学受験組だったからでしょう。

パラパラめくり、クラスメイトの文章を読むと、みんな思い出や中学生活の抱負を書いています。

アタシの下手くそな字と絵がありました。

タイトル「考えたこと」

・・・・・おや?

本文「この6年間で考えたことは山ほどありますが、よく考えることと言えば(この世は私がいるからできているんだ)ということです」

・・・・・なに!?

ちょっと、わかりにくすぎる文章です。

要は、私は私の視界で私の思考でしか生きられない、ということを書いているのです。

普通に読んだら、どんだけ自己中なんだ?って文章になってます。

つか、これ、卒業文集だぞ?


私は才能ではなく個性溢れるマイペース人間なのでした。

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めりくり。
キリスト教信者ではないが、一応ミーハーな日本人として

めりくり。

巨大イチゴ抹茶大福をもらった。

あっさり抹茶あんこ。巨大イチゴ。

食べた。

すごく胃が重くなった。


まもなく今年も終わり。

来年の抱負を考えなくちゃ。

抱負とは別に、来年は苦手な努力を継続させる。

頑張ろう。

苦手なんだが。

そうも言ってられない。

何のため?あたしのため?

わかんない。

すべきだと思うから、するんだよ。

たいそうな理由並べても、結局は人間は自分の為にしか動けない。

人間は弱いよ。

みんな大変。みんな可哀相。みんな偉い。みんな馬鹿。

だから、僕は僕で君は君でいい。

ほんの少しの勇気と優しさで支え合えればいい。

それで、みんな幸せになれるんだから。

幸せになろうよ。

ほんの少しの勇気と優しさで。

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さいこうの日は、もっとたくさん
昨日は面会日だった。

子供たちは無表情だった。

時間を気にすることも無く、もっと会いたいとも言わず。

恐ろしくクールだった。

元夫のことを娘は「あの人は無理だと思う」と言い、息子は「あんな変人」「あいつは大事なことで嘘をつくんだ」と言った。

何も出来なくてごめんね、と言うと「仕方ないよ」と無表情に言った。

泣いた私に「泣かないで。また会えるから」と言った。

ひどく冷静に。

感情を押さえきった様子は、らしくなかった。

わが子の変わりように、不安になった。

会えないことや元夫の話題を避けて「遊ぼう」と言う。

別れるときも無表情に「バイバイ」と手を振った。

子供たちは失望していた。

しかし、娘は私の手帳に「さいこうの日」と書いたのだ。

さいこうの日は、もっとたくさんあっていいはずだ。


何度も会いたいと言っては断られ、嘘をつかれたのだろうか?

何故そこまで頑なに母親である私との接触を断とうとするのか。

会いたい気持ちは、ずっとそばにいる人には理解出来まい。

その悲しみも、絶望感も。

私と私の家族にしかわからないのだ。


あんな無表情と、あんな言葉の責任は私にも元夫にもある。

本来なら話し合いをしたいのだが。

子供たちと私の望みを叶えてほしい。

ただ会いたいだけなのだ。

何故、ダメなのか。理由が知りたい。

調停の時は、私が子供に悪影響だと言われた。何故だか、わからない。

そうまで言って無表情を作り出したのか?

このままでは、近い将来どちらかが私のように発病するだろう。

私は子供たちに償うことも許されないのか。親権が無いと何もかも権利が無いのか?

親権があれば何をしても良いのか?


世の中には、子供に会えない母親がたくさんいる。

跡継ぎだから、と引き離されて一度も会わせてもらえない母親もいる。

おかしな話だ。

身をボロにして産んだ人間に、感謝も敬意もありゃしない。

子供が父親を選んだから出ていかざるを得なかった母親を罵倒する人間もいる。

かなしい話だ。


信じていたのに。いつかきっと、月に一度になるって。

私が結婚した人は、やさしい人だって。

・・・変人だったなんてなぁ。

びっくりだ。


一体、何に捉われているのだろう?

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