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★×2ワーキングシンマザwith PD ★SoWhat!? 今日も元気にC'est ma vie~☆

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痛い。
悲しすぎると、辛すぎると、痛い。

全体に色々に。

胃に差し込むような痛み(胃潰瘍?)ヘソのまわりがマッタリ(ゴマ取った?)背中をにじりにじり(虫?)体の周り全部がサワサワと(霊感?)まぁ、いろんなふうに痛い。

常に、どこか痛い。

現実逃避に読書してみたり、ネイルアートしてみたり。いろいろ頑張っているが・・・同居人には、辛いことも頑張っていることも言えないので・・・努力のかいも虚しく、また痛くなる。

眠れない夜が定番。

無理やり食べてる。腹が鳴るから。胎児が叫んでるっ!と思って食べる。美味しくない。

騙されたのかぁ・・・うん、確かになぁ。信じたかった・・・憎みたくない・・・憎しみは何もうまない。いらない。・・・だけど、悔しくてたまらない。なんて下劣。・・・がっかりだよ。

とかなんとか。ぐるぐる。

大人気ない・・・かっこ悪い・・・頼りない・・・ハァ。



発作やめまいで、ふらついた私をがっつり、抱きとめて「大丈夫だよ」(歯がキラーン)と力強い笑顔を向けてくれる、楽天家でしっかり者で少しシャイなイケメンに愛されたかった。(妄想だろ)

現実には、そんなメンズいません。

力強い笑顔の下に、最低の下心を持ったダメンズは多い!ばか!あほ!あんたら、それで将来人の親になる気か!(全員娘を持て。そして泣けばいい)

・・・未来が真っ暗。(電気つかないの?)

ねぇ、わからないことだらけなの。だから、私は誰からも理解されないのかしらね?

だったら、天才に産まれたかった。







薬を・・・毎日、朝昼晩、飲もうかと思うくらい、ダメなかんじ。

しかし、医者・・・探すのが・・・メクサ(面倒臭い、と打つのも面倒臭い)

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暗くなると電気を付けたくない。暗闇にいたい。思考が止まらないが言葉は形を成さない。なにがなんだか、よくわからない。そんな日々が続いた。

真実はどこだ?ポジティブになれるのか?ならなきゃいかん、気がする。ちからが出ないなぁ。・・・そもそも、なんでだっけ?ああ、そうか。引っ越しされちゃったからだ。離婚調停中に。あれで、事実上別居になって、だから親権取り戻せなかった。何もかも失った。

ひどいけど、法律上は罪にならない。母と子の面会を優先しないのも、法律上は罪にならない。会えなくて淋しいのを我慢している子供たち。十分に傷ついている。・・・子供たちの権利を迫害しているが、日本では罪にならない。

こんな現状。真実はどこだ?優先すべきは子供たち。だが、なぜか親権者の気持ちが最優先。会わせない事が罪にならないからだ。変な法律。

法律を盾に、ワガママ放題な親権者は、何人か知っている。自分が正しいと豪語して譲らない。母親に会わせたくない父親に気を使うから、子供たちは我慢の連続。いざ、自由になっても、きっと我慢する。・・・その姿を父親は、会いたくないのだと思い込む。母親を悪者と思い込んでいるから、子供たちの苦痛に気付けない。・・・こうして、私が考えてることすら、何かひどく悪いことのように受け取って、どうにかして苦しめようとする。・・・そもそも、その嫌悪感が間違い。気付かないまま、子供たちを傷つけていく。・・・そんな親権者を法律が正当化する。

私には何も出来ない。

悔しいけど、私には、もう、これ以上何も出来ない。

・・・せめて2ヶ月に一度という取り決めは守ってもらおう。手紙もちゃんと子供たちに返事を書く権利を与えてもらおう。まだ一度も返事をもらっていないから。次また、2ヶ月後くらいに会えるよ、と言えるなら、以前より子供たちは安心するだろう。次に会う季節もわかるから、何をしようか考えるのも、楽しくなるだろう。

そして、会うたびに抱き締めて我慢を休ませてあげよう。存分に泣かせてあげよう。涙には、浄化作用がある。それまでの我慢を浄化して、前に進む力を持てる。

そうして、私も前に進もう。いつか、元夫と良い関係になれるように、これまでの恐怖や苦痛を浄化して、許し、受け入れ、待とう。・・・難しいことだから、出来るかわからないけど、母親として、子供たちの見本にならなきゃ。どんなに辛くても、生きていけると証明しなくちゃ。

あたしは強い。だから、あたしの子供たちも、強くなれる。そう、誰もが思えるように、生きる、努力をしよう。

死にたい気持ちを浄化するには、どれだけの涙を流さなきゃならないだろう?

常に前向きではいられない、脳だから、きっと罪悪感や恐怖や苦痛に飲み込まれる日々もあるし、無気力に泣くだけの日々もある。・・・幸いなことに、今の私には居場所がある。シカトされっけど、居場所はある。

猫を飼って正解だった。泣く私を慰めようとしてくれる。まだ生後3ヶ月なのに。猫の本能に救われている。

私が辛いのと、元夫の辛さは色も形も違うけれど、比べられない。お互い辛いのだから、一歩譲り合うのが、良いかな、と思う。離婚調停のやり方は卑怯だったけど、そうしなければならなかった心理は、わかるような気がする。私も、そうしたかった。別れは誰でも辛いもの。

毎日、自分との戦い。だけど、これからは、なるべく自分を甘えさせることもしないと、確実に耐えられない。スパルタは卒業して、ソクラテスに入門しよう。

・・・ポジティブシンキングしているそばから、辛いなぁ。子供たちは、今日、笑顔だろうか?泣くのを何回、我慢したろう?手をつなぎたい。抱きしめたい。声が聞きたい。

信じてる。幸せを願ってる。辛いことも楽しんでしまえる強さを願ってる。

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いきなり暴露しますが。

お腹に小さな命がある。

調停人から「会えないことよりあなたの妊娠のほうが、子供たちは傷つきますよ!」と言われた。私は子供たちが望むのでもっと面会を増やしたいだけなのに「子供たちに会いたいと言わせたのね」とか「会えないわけじゃないでしょう?会えない人もいるのよ」と、とんだ勘違い。私が会いたいから嘘を付いていると言わんばかりに攻められた。発作を起こし、四年ぶりの医務室。四年前も、私の話を聞いてくれなかった。まるきり悪者扱いで、とんちんかんだった。調停って、こんなんでいいの?双方の話を聞いて、公平な判断をしてくれるんじゃないの?調停人の思い込みや個人的意見で決めてるよね?前回は、おそらく元夫が不満だったはず。かなり無理矢理だったよね?

子供の福祉を、望みを最優先してくださいよー!!!そのために調停してるのに、疑われ、傷つけられ、散々ですけど山〓家裁。

今回の妊娠は、自殺願望に取り憑かれたダリンを救うための、私なりの考えなんです。それを、ひどく悪い事のように言われて、それで発作起こしたわけで。

訴えてやりたい。

「子宮ガンの疑い」止まりの今が最後の出産チャンスなんだぞ!そんなことも知らずに、妊娠に罪悪感を持たせるなんて!!堕ろせって言ってるようなものじゃないですか!!

絶対、あの調停人はチェンジしてもらう。もしくは、訴える。面会交渉と関係の無い発言により、精神的、肉体的苦痛(発作)を受けました。ってな。・・・いやいや、平和主義者ですから、穏便に、穏便に。・・・クスッ。

もぉ、元夫の意地悪に見えない意地悪にも、話にならない調停にも、うんざりだわ。論点ずらさないでー!聞いてー!早く過去に立ち向かって前進してー!子供たちを自由にしてー!心を満たしてあげよーよ!君も、君も、子供たちも。

あたしが説得するしかない、と前回は言われて、今回はするな!って。わけわからん。

離婚調停の裁判官が前回の人だったら、私に親権が戻るか、月イチ面会が実現していたのだろうな。


★結論★

調停はバクチ。

これから調停する人は、気を付けてね!!

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小学生の頃のほうが、今よりずっと大人だったな、と思うことがある。物事を真っすぐに受け入れる潔さ、持論を持ちつつ相手の話を聞く素直さ、といった子供らしい態度が、時にクールで大人に見えるのだ。

が、見えるだけで、子供は大人ではない。子供として扱わなくては失礼だ。もちろん、一人の人間としてという大前提の下で。

というのが、私の持論なのだが、どうやら世の中には、大人に見える子供のまま、年を取った人が沢山いるようだ。

相手の気持ちに無関心で、世話してもらうのが当然と思っている、手のかかる奴。何故か、こういう奴に限って可愛がられるキャラで、周りは振り回されっぱなしだが、本人は至って平和である。

絶対に自分は悪くない、と多少事実を湾曲してまで言い切る奴。当然のことながら、友達が少なく、少ない友達にすら横柄な態度。ただ、若干甘え上手なのが救い。これまた、あまり悩むことなく生きて行く。

都合の悪いことには蓋をして絶対に向き合わない奴。向き合わないから前進しない。それで周囲に多大なる迷惑をかけていることにも蓋をしてしまう。自分だけの箱庭に自ら閉じこもっていることにも蓋をする。おそらく、心の奥では蓋をしていることに気付いているが、向き合う勇気が無い。時に自己嫌悪するも、他者の責任にして、どうにか逃れようとする。

と、まぁ、他人事のように例をあげましたが、過去の自分に当てはまる部分であります。そして、今現在、私のまわりにいる人でもあります。私の自覚してない自分かもしれませんが、その可能性は低いでしょう。私は、ある時から逃げるのをやめたからです。

時には逃げるのも、有りですけれども、それには必ず潮時があって、逃げ続けることは不可能なのです。残念ながら。

潮時を決めるのは、自分ではないですよね。逃げているとどこか歪んで、その歪みが痛みになってしまう、そこが潮時なのだろうと思います。すなわち、自分が逃げていることで誰かが傷付くということ。

何度も経験しなければ、素直に潮時を受け入れられないですよね。頑張ってください。素直になる勇気は、ほんの一瞬ですよ。ためらうと、どんどん遠ざかりますが、踏み出せばアッサリです。ためらっているから、ハードルが高くなるんです。って、わかっていても、ためらいますよね。

遅くはなっても、手遅れにはならないと思うんです。残念でした、素直になっても、もう無駄です!なんてことは、無いと。ごく稀に、そういう意地悪をする人もいますけど。潔く、素直になりたいものです。

何もかも素直なら良いって訳ではないですよ。正直者はバカを見るって本当にあるんですから。そこらへんはね、大人の知恵でうまくやらないとね。

矛盾しておりますけど。

例えば、知ったかぶりってのは相当バカだなって思うんです。辛い体験はしなきゃわからんでしょう?実は相手にとって何が辛いかも、相手になれないから、わからんでしょう?それだのに「わかるよ〜」なんて言っちゃあ、いけませんって。アドバイスなんて無理ですって。それは本当に同じ体験をした人しか言えません。・・・って、わかっているのに、ついつい励ましたくて余計なことを口走ったり、若干、自分の不幸自慢してしまった時、まだまだ、フェイクだなって思いますよね。

会話の中で使われる「大人」って、単なる理想像なのかなって、最近は思います。理想像をしっかり持って、そこを目指し常に前進するヒトを大人って定義したら、わかりやすいのかな。

ともあれ、子供のままの人は、心配です。私はスゴく振り回されっぱなしでも、別に構わないんです。相手が子供だってわかるから、納得いくし。私以外の人を傷つけないで欲しいんです。あんな奴も、こんな奴も、やっぱ大事なヒトなので・・・。そんな奴らに振り回されてる人々も、大事だから。一部に傷付いてる人々もいて、そうさせてる奴は明らかに潮時を過ぎてるんだけど、蓋を開けないし悪くないと言い張るし、手に負えない。それが、たまらなく悲しい。手に負えないことは、仕方ないのだけれど、潮時を受け入れられない奴の心理が、私を途方も無く悲しくさせるのです。仕方の無い事、では済まない事態になりつつあり、私は悲しいまま、酷な手段に出ざるを得ないかもしれません。・・・悲しみを通り越して憤りになりそうで、ブレーキをベタ踏みです。憤りは無意味です。

そんなわけで・・・他人の振り見て我が振り直せ。面と向かっている相手は鏡である。・・・そんな言葉が身に染みる、有難い、今日この頃。

鶏肉以外の肉に胃がもたれる三十路です。

急にシミだらけになった頬が憎いです。ホワイトニングを夫に勧められました。しかも、高いのを買いなさい、と。効果が無いと困るでしょ?と。・・・有り難いやら・・・。

遠視で乱視の彼にもよく見える、シミが憎いです。

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久しぶりに出会った。
SKIPPY!

アメリカのドラマや映画で子供たちが食パンにべったり塗って学校へ持っていく

あのピーナッツバターです。

まさにアメリカンな味。

これが大好き。

他のピーナッツバターは認めない。

アヲハタのスヌーピーのピーナッツバターは近かったけど

やっぱ本場は違うね。

しょっぱいのさ。

濃いのさ。

だから食べ過ぎたりはしない。

山奥では売ってなくて、隣の隣の市まで行ったわ。

ぐふふ。焼きたてパンにSKIPPY。素敵だぁ。

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もうすぐ子猫が来るので。
三毛猫から三毛猫は、なかなか産まれないのだそうで。

三毛猫から産まれたトラ猫を飼うことに。

ずっと不明だった子猫の父親を目撃したのだが、二度見するくらい不細工だった。

あんな顔の猫、いるんだ・・・。ってくらい、微妙だった。

・・・将来あんな顔?

ふぅ。消去、消去。

先月中にダリンは職場を移動して仕事に復帰した。

来週は身内と友人で、ささやかなお食事会。お披露目会?

明日は病院。婦人科。ぐふっ。そーゆう年齢っすよ。

わたし・・・ガンなの。ガーン!

なんつって。

まだ予備軍ですが、ガンになる確率20%。高いのか低いのか、わからん確率だな。

ガンの本を開いて、愕然とした。

いや、知識としてあったけどさ、自分の身に迫ると、えっらいリアルで。

「髪が抜けたらカツラ」とか「死の迎え方」とか見たら、うわぁーーー!!!って叫びたくなった。

とりあえず恐怖を振り払うために叫ぶ感じ。

ハラペーニョ!!!とか、叫ぶ単語はなんでもいい。

とにかく叫びたくなって、そそくさと本屋を出た。

まだ予備軍の私には、買えない。とか思った。軽く踏み込めないっつーか。

・・・踏み込んじゃうのかな?わたし?σ('∀'●)

・・・死ぬ準備の本とか、あったな。法的手続きから葬式の指示まで。いろんな葬儀アラカルト、とか。

うちの父は、千の風になって、を流して欲しいらしい。そして、墓ではなく記念碑を建てるらしい。坊主に金はやらんのだそうだ。

生きていれば、いつか死ぬ。

辛くて死にたいと考えるばかりが、死ではない。むしろ、それは死ではない。

本当の死。

うーむ。やっぱり、私の余命は短いみたい?

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自分でキリ番踏んじゃった。
前向きになるのは、簡単じゃない。けど、出来ない事じゃない。

どんなに前向きになっても、間違いは間違いだ。元夫への説得メールは、届いていて読んでくれたが、様々な面会方法には「子供たちの生活圏に入ってこないでください」と拒否された。悲しかった。単純に悲しかった。

しばらくして、怒りが込み上げた。純粋に子供たちの立場になれば母親に会いたいのは当たり前のことで、それを阻むのは虐待に等しいではないか。・・・しかし、おそらく元夫は子供たちを愛し、守っているつもりなのだ。母親に頻繁に会わせないことが最善だと思っている。同時に母親に子供たちを取られるのではないかと恐れている。一人になるのが怖いのだろう。

一人になるのは、怖いよ。本当に恐ろしいよ。靄がかかった中をヨロヨロと生きるしかなくなる。その恐ろしさを知っているから、彼は私ほど強くはないから、だから親権を譲った。約束を守ってくれると信じて。しかし、彼は私を信じないし許さない。

人間はフクザツだ。

私は元妻ではあるが、元母親ではない。今もこの先も母親だ。私の知らないところで傷ついていないか、苦しんでいないか、死んだりしないか、過剰に不安になる。それが母親だ。毎日会いたい。一緒に暮らしたい。そこを我慢しているのに、平日も少年団の応援も「子供たちの生活圏に入ってこないでください」という理由で却下されるとは。拷問だ。憎しみが彼を変えてしまった。なぜ、私を憎まなければならないのか?愛さなかったからか?自己正当化の犠牲か?無視されて逃げたからか?プライドを傷つけられたから?彼は何も答えない。私の言葉を素直には受け取らない。いつでも臨戦態勢。自分を許すように他人を許せない。まだ、許さない。・・・何故?

子供たちは会いたがっている。父親に遠慮し落胆して、押し隠している。写真の中の仏頂面は涙をこらえる顔。子供たちは幼少期の記憶を失ってゆく。母親を失ってゆく。頻繁に会えれば、母親を失わずに済むのに。

傷つき憎しみをまとった人には右目が無いから、はっきりと現実が見えないのだ。昔、そんな経験をしたことがある。右目の無い私は両目から涙を流して憎しみに醜くなった自分を哀れに思って泣いた。無いはずの右目からも涙が出た。そうして、やっと憎しみを捨てた。憎んだ相手を殺そうとする夢の中だった。

殺される、と思ってしまうのは、そのせいかもしれない。二度と憎しみに囚われたくないと思った。我を忘れた自分は不様だった。とても、情けなく苦しかった。彼もきっと、ひどく苦しんでいる。私を責めたり自分を責めたりして。

誰も悪くないんだよ。たまたま、そうなってしまっただけ。少し、歩調が合わなくて傷つけ合ってしまっただけ。どちらも親には変わりなく、子供たちは犠牲になるべきではない。としたら、やはり私たちは親としてよい関係を築き、双方から子供たちを見守り援助すべきだと思う。出来る範囲で自由を与えるべきだ。子供たちはこの先もずっと、離婚という過去と戦って生きて行くのだから。

本当にPDには成ってほしくない。が、今のように母親とのコミュニケーション不足が続けば、発症率は上がる一方だ。どうか、彼の心にミラクルを。私もダリンも、それを願っている。彼が癒され、子供たちに自由が与えられることを。

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開封されずに引っ越しの度に天袋にしまい込んでいた封印ボックスを開いて、過去の日記を開いてみた。

人間には自己防衛本能があり、時に真実を歪めて記憶してしまう。自分も少なからず、そういったことをしているだろう、と不安になったのと、パニック障害の症状を知った今なら違う真実も見えるだろう、と封印を解いたのである。

果たして、私は、真実をまっすぐに記憶していた。実に客観的に。

病気になった直後の自己分析は見事だった。計らずとも真実を見抜いていた。

ゆるりと悪化していった様を見ると、なるほど周囲の理解は皆無であり、病気を隠そうとして悪化したようだ。その後の周囲から受けた言葉には、深く傷つきながらも、必死に前向きになろうとしている。3ページおきに、泣いて、3ページおきに、頑張れ自分!と書きなぐっている。周囲の言葉は、私の病気を理解したくても出来ない、あるいは、同等に扱いたい気持ちからの言葉で、辛辣である。症状の全てを知っていたなら、傷つかずに済んだかもしれない。私自身も、周囲の人々も。分かり合えない関係は互いに傷つくものだから。

発病前の日記を読んでも、やはり私は私だった。変わらない。変わっていない。うまく言葉や行動に出来ない部分も含めて。ただ、発病後の私は、長く混乱して、殻に籠もってしまったようだ。言いたいことを言えないまま、発作を我慢して症状が悪くなる。それが何度も繰り返された。

理解者はいなかった。

今現在の自分は、周囲の望むままを演じている。ちぐはぐな自分だ。元夫のことで死にたくなったり、今夫と幸せになりたかったり、逃げ出したかったり、そういう感情のちぐはぐもあるのだが、もっと根底の、自分の奥がちぐはぐだ。見つめ直したい。自分自身を確立したい。憎悪との戦いも幸福の追求も、安息の場所を見つけることも、奥にあるちぐはぐを整理してから。

私の歩いてきた道は、石がゴロゴロしている河原で、何度も転んだ。今は緩やかな丘を登っている。辛かったり、心地よかったり、とてつもなく不安だったり。丘はなだらかだが、私の前に立ちはだかり、日光をさえぎっている。

より多くの人々にパニック障害を知って欲しい。私の歩いてきた道を、知って欲しい。同じように歩けないことを、理解して欲しい。そんなふうに日記を閉じた。

どのような症状があって、どのように回避してきたか、どんな時に悪化したか、軽くなったか、何を望んだか、何を望まれ、どう拒まれたか。

正直、周りの人々は無知ゆえに残酷だった。見下し笑う人、説教する人、突き放し叩く人、傍観して指を差す人。きもい、うざい、重荷、自業自得、甘い、弱い、ずるい、情けない、等々言われた。病気の話を避ける人も多い。さらに、私自身まで避ける人もいる。私は、だから、自分に自信など持てなかった。いや、今も無い。どうかすると、すぐに自分を戒める。自分は情けないのだ。自分はずるいのだ。自分は甘いのだ、と。それだから、不安でたまらない。生きることが、辛い。

どんなに親しくなっても、愛しても・・・みんな、どれかを口にする。私が悪いのだそうだ。そう言わせているのだそうだ。・・・本当に?

私は・・・生きていることを楽しみたい。だから、見直そうと思う。

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例えば、私は自分のプライドが高い事を利用する。自殺と言うのは自分に負けることだから、そんな格好の悪い事は出来ない、と暗示する。

例えば、私は自分が役者である事を利用する。以前に発作を起こした場所に立ち、予期不安に襲われても、それを感じない人物を演じる事で発作を回避する。時には、全ての感情を遠ざけて、アンドロイドにもなりきる。

PDの人間は、そうでない人間と比べて、悲しみも苦しみも、喜びも楽しさも、10倍以上に感じる。ほんのちょっとした言葉に傷付く事もある。だから、なるべく口数を減らしたほうがいい。思ったことは日記に書く。そうして、感情を整理してから口にすると、PDでない人間と歩調が合う。

どうしても苦痛や悲しみに体(脳)が占拠されて、身動きが取れなくなった時は、早急に1人になって、思う存分泣いて発作を起こしてしまう。スッキリとして、笑顔を取り戻せたら、ミッションコンプリート。

予期不安や、疲れが溜まった状態を、なるべく早めに察知出来るようになるには、自己分析と日記が役に立つ。冷静に自分を客観視することで、察知が早くなれば、それだけ迷惑をかけることが無くなり、社会生活が楽になる。

疲れには、ビタミン剤も効果がある。が、栄養ドリンクはカフェインが多すぎるので要注意。

感情のコントロールが難しいけれど、やらなくてはならない事がある時は、割り切って、薬に頼る。が、それ以外の時には飲まない。その、使い分けが肝心である。ルールを守る事は得意だから、それほど苦ではないだろう。

PDである自分を、決して悲劇のヒロインだとは思わないこと。思ってしまったら悪化する。たまたま、そういう体質なのだと割り切って、そうではない人間のように出来ない事を、受け入れる。だからと言って、全てのことにPDを言い訳として利用しないこと。それは非常にカッコワルイ。

楽しい事を多く見つけ、トライする。挑戦することで、自分に自信を付け、なおかつ楽しい事で気分を安定させる。落ちないための、前進するための工夫である。楽しそうなことには、どんどん踏み込んでいこう。

愚痴を言ってスッキリしようと思わない。愚痴は日記に書きなぐるのがベストだ。愚痴ってばかりでは、何も変わらない。

治ろうと思わない。仲良くなろうと思う。あるいは、慣れようと思う。そこから始めればいい。

安心できる7つ道具を持つ。タバコ、薬、ダテメガネ、指輪、なんでもいい。コレがあれば、大丈夫、というもの。あるいは、安心できる場所でもいい。あると無いとでは、大きく違う。

PDのみなさん。頑張ろう。

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山形の弁護士さんも、栃木の弁護士さんも、カウンセラーも、みんなが驚いていた「年3回の面会。しかも1回3時間」これには、当然、裁判所の方々も驚いておりました。

1回目の最後では、両者の意見を合致させて、両者合意の上で終了ですから・・・年3回は変えられないと思います・・・。ということだったのだが、2回目は裁判官が「増やさなきゃいかんだろう!」という考えで。頑なな相手を、どうやって説得すべきなのか・・・?ということに皆で悩みました。

やっぱりね、面会は多いほうが良いに決まっているのだそうですよ。ましてや、相手に面会を拒否する具体的な理由が無いわけですから。「少年団」とか「元配偶者への嫌悪」では理由になりません。最終的に、裁判官が説得に乗り出したそうで。相手は「皆してグルになっている」と憤慨したようですが、そんなことはありません。本来なら1ヶ月に1回ってしたがってましたよ、みんな。でも、子供を抱えた生活のことや、心情を配慮して2ヶ月に1回程度(若干曖昧に)としたのです。・・・その辺が、伝わっていないようで。すっごい・・・お怒りになられていました。・・・子供たちのことを考えたら、当然とちゃうの?つか、最初に自分が月に1回って言ってるし。立場が逆だったら、相手も望むと思うのですけど。

まあ、いろいろ、複雑なのでしょう。

憎しみや心の傷ってものが、そうそう簡単に消えないことは、よく知っています。だから、今回は本人に「ありがとう」って言いました。返事はなかったけど。

信じ続けます。いつか、笑顔で会話が出来るようになるって。良い友に出会い、良い伴侶を得て、どうか癒されますように、と祈っています。会わせないことで、子供たちから嫌われてしまったら、悲しいですよ。後々辛くなりますよ。・・・なんて、私が意見すると、また怒らせてしまうので、言いませんけども。

人間の心って、本当にやっかいだなぁ。

久しぶりに間近で彼を見てね、ああ、相変わらずの髪型だな~とか、お洒落メガネしてるな~とか、若干ヒゲが伸びてますよ~とか思えた自分に拍手ですね。その後に恐怖感に襲われちゃいましたけど、冷静に向き合えたと思います。これからも頑張って、恐怖心を克服したいです。

なんだかね・・・申し訳ない気分が少し。離婚には両者に原因があるのだから、どっちが悪いとか無いけども・・・ごめんねって思った。こんなに頑なにならなければならないほど、苦しいんだねって。過去に自分が憎んだ経験を生かして、刺激しないように接していきたいと思います。頑張ります。

ともあれ、増えます!!やったね!!my dearの勝利だよ!!諦めなければ願いは叶うんだよ。もう、おかあちゃんは君たちを絶望させない。願いなさい!叶えましょう!無償の愛を捧げます。安心して、社会に出なさい。どんな時も、どんな事も、受け止めてあげる。

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